小6女児メイドカフェ潜入記

最近、「女児」という表現が妙に気に入っている。
そんなことはさて置き、2005年、「電車男」が書籍化、映画化、と来てドラマ化され日本全国がオタク文化(っていうか秋葉原)が注目され、アキバに一般人がナナナナ流れてキタ!とキモオタが油と唾液を撒き散らしながら憤慨していた、そうあの夏。私は情報収集と友人へのネタ提供の為に秋葉原メイドカフェに潜入した。今日は、そのときのことを今更ではあるが、私の個人的な思い出としてお話したいと思う。一部偏見に充ちた印象操作にも取られるような表現があるかも知れないが、怒らないで欲しい。


秋葉の夏は暑い。それまで何度も秋葉原には行った事あったが、あの夏は特別暑かったような気がする。本当にあの夏だけは、世界のどの都市部よりも秋葉がヒートアイランド現象の解説例に生り得る、そのくらいの異常な暑さを感じた。


「アレ電車男っぽくな〜い?(笑)」
「うわ、キモ!本当にいるんだ(爆笑)」
耳をすませば、本当にそんな事が聞こえてきた。そんな罵声は一部ではあったが、今まで秋葉を知らなかったと思われる一般人(カップル、家族連れなど)が旧来のオタクを見物にするかのように千里眼を光らせ、動物園の珍獣コーナー*1を檻という名の圧倒的な絶壁の上から見下ろすかのような面持ちで歩いていた。


あの年、間違いなく世間のイメージはオタク=メイドカフェになっていた(それは現在も同様かもしれないが)。そしてオタク界でも、メイドカフェブームの絶頂期だったのかのような気がする。秋葉原をただ練り歩くだけでも、一般人とオタクの混沌とした空間が楽しめたかも知れないが、やはり先述のことを考えると、メイドカフェに潜入すれば一般人対オタク、言い換えればクリーン対ヘドロの異様なバトルが発生しているだろうと考えた。もっとも、ヘドロが勝手に敵対心を燃やしていただけなのは言うまでもないが。


私はメイドカフェに潜入する前に、しばらく秋葉の街をブラつくことにした。フィギュアショップで下から舐めるように薄汚い笑みを浮かべフィギュアのパンツを確認しているオタクを見物し、個性的な行動に感動を覚えていたら何故か吐き気が催してきたので、逃げるように書店へ向かい買い忘れていたマンガを買い込んだりした。そうして、普通に秋葉をいろいろと楽しんだ後、先ほど見つけておいた駅から歩いてすぐにあるPというメイドカフェへ向かった。


「おく、あ、おかえりなさいませ〜お嬢様」
メイドはそう言って、夏休みとはいえ平日なのに満員御礼な店内を見て呆気に取られている私を向かい入れた。台詞を噛んだことは覚えているのだが、本当にこう言ったかどうかは覚えていない。たしかこんなはずだったと思うのだが、何せ2年前の事だ。それにそのメイドは、顔も薄けりゃ与える印象も薄い一般的な平面顔の女だったので。


あじゅじゅあ、た、ただいま〜」
内心は人の身体的特徴を馬鹿にしていた私だったが、店員や客の雰囲気に呑まれてしまい、つい言うつもりもない痛い返事を変な接頭語をつけつつしてしまった。それを聞き、他のメイドと目を合わせて笑うメイド。殺すぞこの平面、と言ってやりたがったが、そんな風貌でもない私はそのまま口を噤んだままだった。今思えば、こうやってその事を発信してやるのが、唯一の解消法だったのかも知れない。


席へ通された私は、メイドのうざったい接客をしばらく受けた後、やっと一人になれたので、兄の部屋からわざわざ持ってきたライトベル『イリヤの空、UFOの夏』をブックカバー使わずわざとらしく広げ、適当なページを捲り読むふりをしながら周りの音に耳を澄ました。


「アキバはボ、ボ、オレたちの聖地なんだ!!あいつらにけ、け、汚されてたまるか!フシューフシュー」
メイドさんさぁ、はっきりいって迷惑しているでしょ?キモいって言ってやったほうがいいよ(笑)」
「あ、あ、あやつらたたた大衆はさっさと死んだほうが、い、い、いいいですよねねねw」
「ま、2ch見てても思いますよ。最早オタクは稀少動物でしかないんですよね(クイッ)」
「私は電車男の弊害が原因だと思いますね。ま、ま、まぁ、私ぐらいになるとリアル・タイムで読んでいたんですけどね(早口)」
私は、ずっと笑いを噛み殺すのに必死だった。そんなヘドロ(一部クリーン)の痛い会話が、あちこちから聞こえてきたのだ。それでも、メイドさんはひとつも嫌な顔をせず(顔は明らかに引き攣っていたが、ヘドロには分からなかったようだ)、「そうなんですかぁ〜」などと適当に当たり障りのない返事をし、会話を続けていて心底尊敬した。


そして数十分が経ったか、思わずページを捲る演技も忘れてしばらく楽しんでいた私であったが、これ以上同じようなヘドロのうめき声を聞いていては中耳炎になってしまいそうな気がしたので、オレンジジュースを一気に流し込み、店を出る準備を始めた。録音機器持ってくれば良かったなぁ〜、と思いつつ本をしまい、携帯電話と財布をバッグから取り出していると、事件は起きた。


「き、き、貴様ぁぁあああぁあ!!ことねちゃんに迷惑をかけるなあああ!!」
突然一人の男の叫び声が聞こえてきた。店内は静まり返り、誰もが声の聞こえる方向に目を向けた。私も例外ならずその声の先を見てみると、一般男性二人組みの客とメイドさんがやり取りをしている席の横に、冷房が効いているのにも関わらず汗と油が浮いた小汚い横幅と縦幅の数値が同一だと見られるキモオタが、猫背ながらも存在感を放って立っていた。


「き、き、貴様なぁ!ことねちゃんはお前らバカの相手をしている暇はないんだぞぉ!!」
注目集まるなか、さらにそのキモオタはそう言い放った。そしてなんと、そのキモオタは二人組みの片方に殴りかかるモーションを始めた。それを見守っていたみんな、本当に絶句していたと思う。しかし、私は見ていた。すかさず、その殴られそうになっている男性がキモオタのすねを強く蹴ったのを。


「ぐうぉあぉおー、あいたーーーーーー!」
次に聞こえてきたのは、豪快に床にこけたキモオタの悲痛な叫び声だった。店内に、本当にこれ以上ない苦笑いをする声と、本気で笑う声が混じり合った異様としか呼べない空気が流れていた。


「大丈夫ですか?立てます?」
殴られそうになり、すねを蹴った張本人の一般男性は、キモオタにそうやさしく声をかけ、手を差し伸べた。これには周りのオタクも一般人も、そしてメイドさんも思わず感動。キモオタには蔑視の目しか向けられず、あの場にておいては完全なる「一般人>オタク」の図式が完成していた。しばらくすると、警備員と思わしき男性が駆けつけて来て、キモオタは裏へ連れられて行った。


店内には、もうヘドロなイメージはなく、すっかりクリーンになったと思えた。張本人ではないとはいえ、他のオタクたちも心を入れ替えたのであろう。耳をすましてみても、先ほどの事件についての意見は、一般人もオタクもみな同じ物だった。それは雰囲気からも、確実に伺うことが出来た。


そして、私は会計のときに先ほどの件の当人であるメイドさん(ことねちゃん)に聞いてみた。そうすると、事件の発端を彼女はこう語った。
「お客さ……あ、ご主人さまが注文されたお飲み物に、私の指が入っていたみたいなんです。それをお、ご主人さまがご指摘になっていたら、あのご主人様が突然怒鳴りだして……」
なるほど、彼は完全なるストーカー体質のキモオタだったわけか。それは大変でしたね。私はそう納得し、お礼を言って店を出た。


店を出ると、キモオタが街には溢れていた。私はそれを見て、また落胆した。この世には、まだ事件を起こしていないが彼のようなキモオタがまだたくさん存在するのだろう。いつまでも自分のスペックを自覚せず、愛をおくればそれだけ愛が返ってくると思っている彼等をどう扱うか。そしてオタクがもてはやされるこの風潮。これは大変な問題だと私は思った。


そう考えながら、私はあのメイドさんの手元にキャップのはずされたボールペンと、可愛らしい文字でメールアドレスが書かれてあったメモが置いてあったのを思い出した。その後、あのメモをメイドさんが誰に渡したのかを考えると、まだまだ普通の世界であると思い、私は嬉しい気持ちになった。

*1:そんなコーナーがあるのかは知らないが、あったとしてもその動物園の一コーナーの方が秋葉原よりも幾分可愛らしいと思う。